最近のTwitterはヒドイ。
「文字と画像のアルティメット騒音公害」というほかない。
現在の仕様(2023年4月末現在)ではTwitterを開いた瞬間「おすすめ」というタイムラインが表示されるけど、Twitterのアルゴリズムに「お前が興味ありそう」と判定された興味のないツイートを大量に見せられる。
これが極めて、極めて不快。
Twitter内のツイートのほとんどは、基本的には内輪なコミュニケーション空間で交わされるのにふさわしい「自慢話」「オタミーム」「ネガティブなお気持ち」であふれかえってます。
そんなの、見ず知らずの人間には無価値な情報です。
そこでイラっとして「ネガティブなお気持ち」を連鎖投稿しちゃいたくなるんですが、グッとガマン。
しかしそれが政治的・社会的な香ばしい話題だったり、自分の好きなものが否定されているときには、反論文を筋道立てて生成しておかないと気が済まなくなってしまいます。
脳みそが多動なんでしょうね、「勝手にやってろよ」と横にうっちゃっておけないんです。
なので、Twitterを開くたびに、何かしらイラっとして、思考をかき乱される。
つい手持無沙汰な時にTwitterを開いてしまうクセがあるので、1日に何度も不快になる。
なんでそんなクセがあるんだよ、と思うんですが、ここが人間とTwitterの末恐ろしいところで、ヒマよりもイラっとしてムカついてる状態のほうが、心が動いて脳が快感ととらえるようなんですね。
ハッキリと意識はしないまでも「なんかムカついて反論したくなることねぇかなぁ」とぼんやり思いながらTwitterを開いていることは確かです。
でもこれを続けていると、社会や人生に対する肯定感や幸福度はどんどん下がります。
「世の中キモイ人間ばかりだし、なんなら自分もキモくて、その集合体の社会はキモさの塊である。過去もろくでもないし未来なんてもっとヒドイだろう。最悪だ。じゃあいっそ……」
こんなふうに、どんどん陰鬱な気持ちに追い込まれます。
ウンザリですよね。
なので、タイトルにも書いたように、Twitterワールドから解脱してみようと思います。
どうせツイートしてても、フォロワー100人くらいになると人のイヤなものが見えてきて途端にうんざりしてツイートしなくなるし、何か発信したいことがあればブログでしっかり長文で残せば良し。(この時点でSNS向いてないですね)
一部の面白い発信をしているアカウント(自分の好きなミュージシャンとか)は、ブラウザのブックマークで見に行くようにすれば「見る騒音公害」を目に入れずに済みます。
とにかく「手持無沙汰なことがあるとtwitterを開くクセ」は無くしたい。
音楽アカウントはブログの更新告知とか自分のメモ用に残すとして、それ以外で持っていた複数のアカウントは停止しようと思います。
世の中の出来事が分からなくなりそうで不安な気持ちも少しだけありますが、Twitter内の出来事は世の中とかけ離れてきてますし、テレビなんかもここ何年も見てませんが全く困ってないので、問題は起こらずむしろ快適になるんじゃないかな、と予想しています。
でもやっぱりさすがに現代人としては情報が不足し過ぎだ!となったら、利用制限しつつ戻るかも。
Twitterについては長年ウォッチし続けていろいろ書いておきたいこともあるので、それはまた別の投稿で。


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