寺尾紗穂『日本人が移民だったころ』(2023年作品)

読書感想文

 昨今、今さらかよと溜息をついてしまうくらい盛んに「氷河期世代対策」の政治プロモーションが行われている。
 自分もそれに焚きつけられて色々と考えてしまい、過去に下記のような投稿もしている。

 ここで私は初めて、「過剰人材に陥った人間が起こす行動としては、海外移住や移民という手段が存在する」ことに思い至った。
 最近の日本では「移民受け入れ国」としての当たり前感があり、「貧しい日本人が海外に出稼ぎに行く」、「移民として他の国に定住する」、といった思考はほとんどの人が持っていないのではないかと思う。むしろ海外移住は、投資、芸術、プログラミングなど何か才能に秀でた有能な人がやることという印象すら持たれている。しかし、海外では貧しい一般人が意を決して海外に行くことが割と普通にあるようだし、日本でも実際過去に移民を送り出していた。別に今だって、特に有能でもない、日本にいると暗い未来しか見えない庶民が海外に移住してもいいのではないか。色々な情報に触れるにつれ、そんなことを思うに至った次第である。

 一方で、やはり日本は他の先進国と比べても暮らしやすく、安全で快適であるから、日本を出るべきでない、そんな言説もよく目にする。果たして本当にそうなのだろうか?
 自分は20年ほど前、1カ月だけロンドンに語学留学していたことがあるが、たしかに2週間後くらいに日本に帰りたくなった。そのわけは「ご飯が美味しくない」ということのただ1点で、帰国した時は人生で最も瘦せていた。それ以外のことは殆ど日本より気に入って、問題の「治安」も自分の出身地である東京都足立区と比べれば大差のない感じであった。もっと治安も経済状況もよろしくない状況のことを想定する必要はあるが、今は自炊も出来るようになったし、であればあとは独裁国家とかでなければ、割とどうとでもなるのではないかという気がするのだ。

 そんな疑問を解消するため、過去に移民として海外で暮らした日本人の体験談が知りたくなったのである。調べてみるとやはりいくつかの本が出版されていたので、まず直近の作品である本作、寺尾紗穂著『日本人が移民だったころ』を手に取ってみた。

南の島パラオ、日本の荒れ地開拓、そして戦争

 基本的にこの本で紹介されるのは戦時中に南国の島パラオに移住した人たちの話である。それ故、戦争に巻き込まれたり、その後本土に引き揚げてから国内の荒れ地の開拓にまわされたりなどの苦労話が多く、自分が知りたかった移民の生活や、移民政策がどのような仕組みで実行されたのかといった話はあまり詳しくない。どちらかというと、直接的ではないにせよ、リベラル的な「戦争や差別の悲惨さを訴える」的な本という印象で、まあたしかに当時の日本で戦争引揚者に対する差別があったという証言などは、いかにも現代まで続いている日本人お得意の陰湿な「格付けによるマウンティング」や「少しでも自分と違うものを遠ざけようとする排他性」を感じて許せない気持ちになったりもするのだが、同時に今まさに戦後の貧しさに近づきつつある氷河期世代・非正規雇用のリアルのただなかにいる自分としては、裕福さを前提にしたリベラル側の立ち位置で共感することが出来ず、自分の期待した内容とは逸れてくるなあと感じるところでもあった。

 またここで取り上げられる移民エピソードの要所要所で、昭和に発表された移民本、上野英信著『出ニッポン記』の引用ないし言及が出てくるが、こちらのほうが移民の方がと同じ目線に立った詳細でリアルな内容を期待させてくれる。本書は基本的に現在ご存命の移民当事者の方々の証言がまとめられている本なので、貴重なお話ではあるものの、回想録ということで臨場感があるものではなく、少し肩透かしな感じがした。

 とはいえ、いろいろ考えることも多かった。たとえば、パラオや国内荒れ地の開拓移民としての生活、野生の動植物を食べて飢えをしのいだり、といった証言が頻繁に出てくるが、当時と同じような移民は、現代ではもはやあり得ないのではないかと思った。そもそも「開拓」する場所など世界中にもうあまり存在しておらず、あまねく土地は買い占められており、後進国も経済成長している国が多いので、移住先で土地を与えられることなども考えづらい。
 日本国内の移住にしてもそれは同様で、農業は人手不足で放棄された農地も散見されるような状況であるにもかかわらず、じゃあ余っている氷河期世代の非正規雇用のひとたちを地方の過疎った農地にブチ込んで再生させたいのかというとそういうわけではなく、同時に「効率のいい場所に農地を集約して、機械化を促進させる」といったようなことを政府は言い出している。そもそも農業は土地が無いとできないことなので、土地を持っていない氷河期世代の非正規雇用などは小作人にしかなれないし、省人化された農業では農大出身の専門スキルを持った人が就くべきで、当時の移民のように、農業経験のない人などがやれる仕事とも思われない。
 また、パラオでは日本人が鳥や貝を捕獲して食べ過ぎて、数が著しく減ってしまったりあるいは絶滅してしまったり、といったことが起こったらしいが、飢えをしのぐために野生の動植物を採取するにも、現在の日本のような国では犯罪行為になる可能性が高い。あらゆる意味で、現代では同じような暮らしは望んでも出来なさそうである。

 本書の貴重な証言を興味深く読みながらも、やはりどこか消化不良的で肩透かしな内容であることは否めず、むしろ要所に出てくる『出ニッポン記』の引用が魅力的なため、『出ニッポン記』そのものを読みたくなったというのが、最終的な感想である。そして、『出ニッポン記』を読んでようやく、本書で消化不良となった部分、移民政策にいたる大きな動き、または移民政策の細部に至る情報、そして移民の人たちの開拓の苦しみ、日々の暮らし、が補完された次第だ。

 引き続いて読破した『出ニッポン記』の感想にていろいろ考えてみたい。

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