横山勲『過疎ビジネス』(2025年作品)

読書感想文

 河北新社という東北の地方新聞の記者が、過疎自治体をに寄生する”公金チューチュー”、というより”公金ロンダリング”といったほうが良い、コンサル会社の悪徳ビジネスを暴くノンフィクション。ジャーナリズム魂を見せつけられる内容で、オールドメディアといえば反射的に「マスゴミ!」と反応してしまう人にも読んでほしい名著。

 本書で取り扱われている問題をざっくり書くと、コンサルベンチャーが、福島県国見町のような過疎地域の小自治体の予算をターゲットにして、企業版ふるさと納税の仕組みを悪用し関係する某有名企業に利益が流れるように取り計らう、自治体の予算=税金をぶんどってもうけを出す「超絶いいマネーロンダリング(本事案のコンサル社長の弁)」の闇を暴くものであるが、現在進行形で未だ追及が行われている事案でもあり、詳細は本書やネット記事に譲るとして、ここでは本書を読んで自分の中でいろいろ浮かび上がった思いや考えを書いていきたい。

 昨今の日本では「地方創生」などと宣い、金をばら撒けば民が勝手に繁栄すると思っている“積極財政”“再分配”などの経済的な社会主義政策派の政治家・官僚たちがたくさんいる。そんな連中を尻目に、現実は全く逆で、ばら撒けばばら撒くほど、狡猾な事業者に吸い取られ「本当に困っておられる方々」などには届かず、地方はより怠惰に、より腐敗し、北朝鮮のことを笑えない「ニーズのない建物・事業・補助金」だらけになっており、痴呆創生あるいは地方衰退といったほうが似つかわしい状況である。もちろん「中には」上手くやる自治体もあるのだろうが、全体として地方が創生されているというデータは残念ながら見たことがない。ごく一部の成功例では、大多数の失敗はカバーできないのだろう。

 よく「楽して稼げるなんて甘い話はないんだよ!」みたいなオコゴトをおっしゃる、辛気臭い表情の労働者諸君をお見かけする。しかし、人間バカも天才も「楽して稼ぎたい」のが本音で、基本だ。当然だろう。
・10m先に美味しいバナナがあるが、その道にはイバラが敷き詰められている
・10m先に美味しいバナナがあり、遮るものは何もない
の二択の場合、わざわざイバラの上を歩く人間はいないのである。
 何か事業を起こして金を稼ぎたい、と思った場合、むしろ賢い人ほど、楽に稼ぐ方法をすぐに見つけ、実践する。楽に稼ぐなんて甘い話がそうそうないのは、もうすでに嗅覚の鋭い先人たちに楽して稼げる方法をやられてしまっているからだ。この本に出てくるコンサル会社の社長は、小狡さはあるが詰めが甘く、調子に乗ってベラベラ喋り過ぎ、そのインチキスキームが露見してしまったが、きっと人知れず上手くやっている者もいるのだろう。
 人間は楽して稼ぎたいものだからこそ、金をばら撒けば市場が歪み、腐敗する。頭のいい奴ほど、楽をするのがウマい。わたしが高学歴幻想を否定するのもここからきている。

 私は別に補助金完全否定論者ではないのだが、補助金や無償化などの名目で公金をばら撒く行為にはリスクもある(腐敗と、権力者の権力増強)ことを我々庶民はよく考える必要があるし、いまはリベラル系のNPOにばかり批判が集まっているがそれ以外のムダも監視、批判する必要がある、ということを、この本を読んでより強く認識した次第だ。結局インチキコンサルに付け込まれるのも、もともと地方自治が腐敗しているからで、その腐敗を呼んでいるのも、そこに住む一人一人の住民が、地方自治を他人に丸投げしているからに他ならない。
 日本はこれまで平和に経済成長していたので、基本的に政治や社会問題については「えらい人たちに丸投げ」で済んでいたが、人口が減ってきて余裕綽々でいられなくなってきた昨今、まずは庶民が「社会」という枠組みを自分たちでどうするのか考えることが何より重要だ。

 (昔は選挙の低投票率に嘆き「無責任民主主義」といって庶民の覚醒を促していたインテリリベラル層が、いよいよ庶民が政治的意識を持ち始めて彼らを批判しだすと「バカは投票に来るな」「バカが自分で考えてもくだらないことしか思いつかないのだから頭のいい奴に従え」みたいな本音をポロリするようになったのは面白い現象だ。こういった本音を観察できるSNSは、この点においてのみ有用である。)

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