氷河期世代とは、つまるところ過剰人材の要らない世代である。
これは、自分自身の実体験から思うことだ。
私は新卒時の内定率が2人に1人だった2003年度卒世代。しかし、大学在学時は適応障害と神経症に悩まされ、過酷な就活サヴァイヴァルに参戦することすら叶わなかった。当時は第2新卒などといった概念もあまり受け入れられておらず、基本的に新卒のタイミングを逃すとその後は二度とそのレールには復帰できなくなる環境であった。転職市場も非常に小さかったうえ「新卒を逃した者はおかしな人、使えない奴」という偏見があり、そもそも正社員経験がないと中途入社できないし、メンタルを癒してから就活しようと思ってもそのブランクを非常に問題視されつまはじきにされたのである。こういったことがあるので当時の大学生はワザと留年して次の年の採用倍率上昇に恃む者まで出る始末で(学歴職歴の空白よりも留年の方が偏見が少ないというおかしな現実)、当時の自分は「なんだこれは完全に人生詰んでしまったじゃないか、ふざけた不公平社会だ」と憤って、ロックバンドを組んで27歳くらいで死ねばいいんじゃないか、などと自暴自棄な考えを持っており、実際はロックバンドの才能にも恵まれず、27歳で死ぬこともなかったのだが、ふてくされて以後大卒でありながらフリーターや契約社員など多くを非正規で過ごし、数年間だけ運よくITベンチャーで正社員登用をしていただき勤労に励んだものの会社が吸収合併され事業自体も消滅。さらには合併先の大会社に合わず再び適応障害と神経症を併発し退職と相成り、以後派遣社員として非正規に逆戻り。そんな氷河期世代40代の実体験として、「氷河期世代とは、つまるところ過剰人材の要らない世代である」と思っている。
2000年前後は、親も教師もマスメディアも、「大手のホワイトカラー企業に入れば人生安泰」と幸せな人生のビジョンをかかげ、それゆえ「大学に入るのが当たり前」と子供の進路を誘導していた。結果、氷河期世代の多くがホワイトカラー志望として受験戦争を乗り越え大学に入ったのだが、私より少し上の世代―団塊ジュニア世代を抱えた氷河期世代はこの時点ですでにホワイトカラー人材の過剰供給状態であった(そして大学は増え続け「Fラン大学」などという大学の本来の意義と矛盾するものまで登場した)。いっぽうでホワイトカラー企業も団塊世代、バブル世代を抱えてすでに人員過剰に陥っており、バブル崩壊・景気悪化に伴い企業の新卒採用数を急減させてしまう。ならば大卒なら公務員、教員という手もある、とホワイトカラー誘導と同じように喧伝された公務員の仕事も、残念ながら民間企業の採用数同様に絞られた。
民間・公務員双方の門戸が突然閉じられ、大量に締め出される新卒求職者。これは「俺たちの雇用を守るために、お前らは要らない」という社会からの意思表示である。実際、氷河期世代が少なくても、現在にいたるまで会社の事業はよく回っている。「40代くらいの世代が会社にいない!困った!」と言う意見も最近ちらほら聞こえてくるが、これは自分のブルシットな中間管理職を押し付ける相手がおらず長年昇進できなくてイラついているバブル世代社員や、父親くらい歳の離れた上司とうまく意思疎通ができない最近の新卒社員の「愚痴」でしかないだろう。その証拠に、不足している40代だからといって喜んで中途採用してくれるわけでもなく、万が一採用されたところで、上から下からブルシットを押し付けられ、なおかつマネジメント層からは士気の下がった既存社員の活性化などという新入りのいち社員ではとうてい無理な都合の良いスーパーマン・ミッションを期待されるなど、地獄を見るだけである。私たち氷河期世代は本質的には不要な存在なのだ。
一方で私たち氷河期世代も、ほんとうに皆、大企業のホワイトカラーになりたかったのだろうか。40半ばまで生きてきた私はもう答え合わせが出来ており、それは間違いであったと言える。そもそも中学くらいから学校のような空間に不適応を起こし始め、そのまま「ホワイトカラー専門学校」と化した大学へ行った途端に病状が悪化してしまった。大企業なんて学校組織の延長のようなものであり、故に私が大企業に入った途端病んでしまったのも道理である。私はあまり後悔をしないタチだが、唯一、大学進学を選んだことだけは後悔していて、当時の私がもう少し賢かったら、「ホワイトカラーの求人が無限に増え続けるなどの見通しは詐欺もいいところで、日本のメンバーシップ型雇用もじき崩壊するだろう」と予期でき、一般の大学になどいかず、自らの興味が強かった水産大・農業大・音大などの特殊な大学や、専門学校などに行き手に職をつけていただろう。もしくは進学しないという道もあった。
もし仮にこの時、日本がかつて「棄民政策」を実際行った実績があることを知っていたら、この決断は確信をもって行えたに違いない。日本人は決して親切な民族などではなく、たとえば戦後の炭鉱業界が急速に萎んだ際、受け皿のない炭鉱労働者に対し甘言を弄して過酷な南米に開拓民として移住させるなどという冷徹な詐欺行為を働いていた、という事実を知っていたとしら。「社会」というのはもともと、自分の生命体維持のため、つまりマジョリティや既得権益者を守るため、他者を簡単に犠牲にする残酷な側面を持つものである。それを知ってさえいれば、そりゃまあそういうこともあるよね、と冷静に受け止め、自ら選んで海外に移住するなどしたかもしれない。そう、今の自分の氷河期世代への解答は「日本に職がないなら海外に移住すべきだった」である。当時の社会が用意した、社会階層に新設されたネオ棄民政策「非正規雇用」といったものにすがることなく、広い視野を持つべきであったのだ(とはいえ自分の心の状態を保つのに必死だった当時に、広い視野を持てというのもなかなか難しいことである)。
しかしそこで思ったのが、「今から移民になる可能性を考えてみるのもいいのではないか」ということだ。氷河期世代は人数が多すぎて社会全体で支えられず、現状でも「ハローワークに氷河期世代限定の低賃金なブラック企業の求人を出す」くらいしか対策が打てないのだし、当時捨てられた実績があるのに、今になって拾ってもらえると思うのは考えが甘いように思う。日本の経済、あの頃より豊かになってるわけでもない。自分たちも決して楽ではない正社員たちに「ああならなくて良かった」と安堵と優越感を与え、外国人労働者と同じような低賃金で皆がやりたがらないような仕事を押し付けようとし、さらに要らなくなったら容易に契約解除することが出来る便利な労働力扱いされ続けるくらいなら。別の国で挑戦した方がマシに思えるのだ。
もちろん移民の引き締めが始まった欧米などの先進国には行けないから後進国ということになるが、大抵の人は「貧しい後進国で暮らすくらいなら、日本で非正規やってた方がマシ」と考えるだろう。だが本当にそうなのだろうか?
そんな疑問から、過去南米や南の島に移住した人々の体験談を知りたくなり、寺尾紗穂『日本人が移民だったころ』、上野英信『出ニッポン記』の二書を読んでみた。過去に日本を出て後進国の移民になった日本人はどういう暮らしをしていたのか、どんな人生だったのか、まずはそれを具体的に知りたかったのだ。
そして読んでみて、今と過去では「移民」の在り方がまるで違うことや、いわゆる「棄民」的な政策(国内でダブついた余剰な労働者をまとめてどこか別の階層、アナザー・ディメンションにポイッとする政策)がどういうもので、分かりづらくカモフラージュされているが私たちは何をされ、今なおどんな状況なのか、がよく分かった。
詳細な感想文は別の投稿にて。


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