幸福度・自己肯定感の「ゲージ管理」をしよう

人生

あたかも格ゲーの「必殺技ゲージ」のように、自分の「幸福度・自己肯定感のゲージ管理をしよう」というお話。

人生を格ゲーに見立てると、まず「体力」とか「精神力」みたいなゲージが存在していることはイメージしやすいかと思います。
肉体労働をすれば「体力」が減るし、上司から怒られたりすると「精神力」が減ります。
ゲージが尽きたら戦闘不能になるので、毎日自宅でしっかり休みます。
それらは基本、食べたり寝たりすれば次の日に回復します。
ゲージの回復=労働力の再生産というやつです。
このゲージの消耗と回復の収支が合わなくなると、人間は病んでしまいます。
だから気を付けましょう、自身の疲労度に敏感になりましょう、ということです。

でも、気を付けるのは「体力」「精神力」だけでいいですか?
隠しパラメータにも気を配るべきではないですか?

つまり、「幸福度」や「自己肯定感」という名の、目に見えない必殺技ゲージのようなもの。
私はこれも、しっかりとゲージ管理すべきであると考えます。

「幸福度」や「自己肯定感」というのは、体力や精神力と違い、寝れば回復して朝マンタンになっている、という性質のものではないようです。
現に私は、毎朝起きた瞬間が最も体調が悪く、「幸福度」も「自己肯定感」も枯渇している状態です。
その後の行動次第で、増えたり減ったりしていきます。

これらのゲージが溜まっていれば溜まっているほど、いろいろな影響が出て来ます。
たとえば体力・精神力が減りづらくなったり、勝手に自動回復したり。
行動が前向きになり、実力以上の成果が出たり、リスクを伴う挑戦に臆せず取り組んだりすることも出来ます。
毎日が楽しくて仕方ないといった気持ちにもなるでしょう。
いっぽう、これらのゲージが枯渇していると、実力以下の成果しか出ず、新しい挑戦に及び腰になり、ダメージを負った際に、体力や精神力が通常の2倍減ったり、動きが鈍くなって体調不良になったりします。
さらにこれがゼロを下回れば、何もダメージを負っていないにもかかわらず勝手に体力と精神力のゲージが減る「ステータス異常:毒」のようになったり。
他人のちょっとした注意でも激高したりふてくされたりするようになり、ひどい場合は人生に絶望を感じて希死念慮が高まったりもします。
つまり、人生ゲームという名の格ゲーを行うにおいて、非常に重要なゲージであると考えます。

じゃあこの「幸福度」や「自己肯定感」といったゲージはどう管理・運用していけばよいのか。
その方法は、人によります。
それぞれのゲージが、どういう行動をとると上昇するのか。
その条件は、人によって全く違うのです。
体力や精神力のように、寝れば回復する、というものではありません。
もちろん、寝るのが三度のメシより幸せだ、と思える人にとっては、十分な睡眠で朝から「幸福度」や「自己肯定感」が満タンになっていることでしょう。
しかし寝ることを抑制される状況に陥れば、この人はゲージが枯渇し、よくない状況に陥るはずです。
こんな感じで、各キャラによって、「幸福度」や「自己肯定感」が上昇したり減少したりする条件は異なります。
各キャラの使い手であるプレイヤー、まあつまり自分自身ということなんですが、自分自身が自分というキャラの個性、隠された性質を把握する必要があるということなんですね。

私はこのゲージ管理がきわめてヘタでした。
最近このリアル人生格ゲーの裏ルールにようやく気づき、注意し始めたところです。
基本的に「今の人生が幸せだ」「私は私のままで大丈夫だ」と思ったことが、人生42年間生きてきてほとんどありませんでした。
ゲージが溜まらない行動ばかりしていたら、いつのまにかゲージが枯渇し、ノイローゼや適応障害を発症しました。

ちなみに、現状判明している私のゲージ溜め行動は「好きな音楽を聴く」「毎日の雑多な思考を文章でまとめて、頭の中をスッキリさせる」「美味しいものを食べる」「適度な運動をする」「自然の豊かな場所で暮らす」「笑う」です。
これ以外の行動は、ゲージを消費して行われるか、もしくはゲージに何も影響を及ぼしません。
たとえば「寝る」が入っていないので、寝ても「幸福度」や「自己肯定感」のゲージが溜まりません。
しっかり寝ているはずなのに、鬱的な気分や虚無感、絶望感、体のだるさがおさまらない。
むしろ朝起きた瞬間は、前述したとおり肩が凝って頭が痛いため、ゲージはゼロになっていることがほとんど。
世の中の何にも役に立たないくず野郎だ俺は。
そんなふうにふさぎ込みながらも、いっぽうで時には「いや、そんなふうに考えるのはおかしい、これは自分が甘えている証拠ではないだろうか?」と、自分に鞭打って生きてきました。
周りが意欲的に労働をしているのだから、それに付き合うことが自然だ。
友人を多く持たねばならない。
会話はたくさんするべきだ。
ビジネス人脈を形成しなければならない。
子供を作らなければならない。
自分の家を持たなければならない。
投資で資産を形成しなければならない。
年収を上げていかなければならない。
やりたいことで稼がなければならない……
などなど。
しかしこれらはすべて自分にとっては「ゲージ消費行動」でした。
初手から超必殺技ばかり打って必殺技ゲージが枯渇してばかりのガス欠プレイでは、ツンツンにイキリ尖った若手や、老獪な魑魅魍魎がひしめきあうリアル人生格ゲーでは勝てないのです。
そしてゲージを消費するなら、ちゃんとゲージを溜めなおさないといけないのに、「幸福度」や「自己肯定感」を溜める行動を一切せず、ゲージ消費行動、つまり、「つらい、しんどい、地獄の責め苦にも似た不幸せ行動」や「自己否定的な思考と行動」ばかりしていました。

気づけば、自分で自分を蔑み倒すような、ユーモアの無い自虐人間になっておりました。
生きてて楽しくないので、取り巻く社会に対しても呪詛や憎悪の念をもっていたことも、合わせて告白せねばなりません。
今なにか不慮の事故や病気等で死にそうになったら「ああ、やっと終われるわ」と、安堵の表情を浮かべられる自信があるほどでした。

「自分の取説」、いや、ここまでくるともはや「自分の攻略本」とでもいったほうがいいかもしれませんが、これを完全に把握していないと人生迷ってツライばかりです。
自分はどうすれば「幸せ」だと感じるのか。
「俺はこれで大丈夫」と思えるのか。
まあ実は、そこに到達するのがいちばん難しかったりするんですけどね。
情報が氾濫していて、欲望の種類、人生の選択肢が多すぎる現代社会ですから。

とりあえず今私は、自分のすべての欲求や行動を「ゲージが溜まるか溜まらないか」かに分けて考えながら、ちょっとでも「幸福ではない」「自己肯定感が脅かされている」=「不安だ」「不吉だ」「俺はくず野郎かもしれない」と感じるようになったら、すべての行動をやめて、前述のゲージ溜め行動にいそしむようにする「ゲージ管理」をしています。雀の涙ほどになったリアル貯金に焦る気持ちを押し殺しながら。

これが上手くいくかどうかは、今後の自分の人生次第です。

もし自分のように、「不幸感」や「自己否定感」が強く、毎日の人生格ゲーに疲れている人がいたら、こんな思考方法を試してみてはいかがでしょうか。

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