労働意欲はあるんだけど、野心や出世欲が無い人の悩み

 労働意欲はそりゃあ、ある。

 世の中の役に立って、お金を稼いで、お金を使ったり増やしたりして、社会の循環の中で生きていきたい、という願い。

 いっぽうで、野心や出世欲があるかというと、それはまったくと言っていいほど無い。

 これは昔からの悩み。

 というか採用面接が苦手な人って、大体このパターンなんじゃないかな、と思ったりします。

 こういった私のようなプロフィールの場合、外から見ると、「雇いたくない人」になってしまうのですよね。
 労働意欲がある時点で社会の中では十分役に立つはずなんですが、「野心」や「出世欲」みたいなものを採用の現場では問われることが多く、「とにかく稼ぎたい」「とにかく役に立ちたい」だと無価値な人間とされ不採用になる。

 仮に、国民の半数が「出来れば働かずに暮らしていきたい、働いてるだけ感謝しろよ」と考えているならば、「とにかく働いて人の役に立ちたい人」でも価値になるでしょう。

 現実はたぶん、「働きたい」なんて当たり前の価値観に値段なんかつけられない、それ以上のものが無いと働くに値しない、という世界なのです。

 もちろん「とにかく稼ぎたい」「とにかく役に立ちたい」という意欲だけで採用される職業が無いわけではなく、あるんだと思います。
 自分自身が体験したわけではないので予想は外れるかもしれませんが、たとえば日雇いの肉体労働だったり。求人出しても全然応募が来ない職場だったり。地方の製造業のパートだったり。もしくは誰でもいいから、かき集めて生き残った奴だけで運営する野生の生態系ライクなブラック企業だったり。

 つまり低賃金労働ということですね。最低賃金の可能性も高い。

 選ばなければ、仕事などいくらでもある、というのはこういうことです。

 野心や出世欲が無くて、「とにかく働きたい」というだけが労働意欲の人間は、そこに行き着くほかない。

 そしてそれは、野心や出世欲が無い価値の無い人間に与えられた、生活保護のような「最低限の権利」なのかもしれない。

 でもですよ、とするならば、逆に言うと、世の中の企業っていうのは「野心」や「出世欲」という、現状の労働力ではなく、未来に何が起こせるのか、というプラスの価値を見出して投資のようなことをしている、ってことになりますよね。
 ゆえに、「野心」や「出世欲」みたいな自らの期待値を語り、さながら資金調達をする株式会社社長のように、面接でアピールをする。採用側も、期待値を掘り出そうとする。その儀式。
 こうなると当然、多くの人が、「野心」や「出世欲」というものをウマイ具合に「でっち上げ」、「労働意欲だけしかない」という弱みをひた隠し、とにかく会社に入れさえすればOK、みたいなことを考え始めます。
 そうすると、まるで就職活動が、スパイの潜入捜査のような様相を呈してきます。
 企業側もそのウソを見抜こうと、あの手この手を尽くして質問する。
 求職者側もそこで怯まないように、本当に自分がキラキラした野心を持ち出世欲でギラギラしていると「自己暗示」により思い込んで、疑いようのない心境であるかのように振る舞います。
 これに対し採用担当側は、そもそも占い師でもあるまいし、人間を見抜く能力が高いかというとそうではなく、むしろ人を見る目があると自惚れてスパイに騙されてしまう人も多いため、職場では「また口ばっかりの厄介な奴が入ってきたよ」みたいなことが起こったりします。

 そうです、いま私が皮肉っぽく語っていることは、すべて日本の雇用環境においては「正しいこと」です。
 そして注意しなければいけないことは、求職者がスパイのように自己を欺いたり過度に誇張したりして、「潜入を試みる」こと、ここまでが「正しいこと」であり、むしろ「就職活動で必ずやらなければならないこと」なんですね。
 だから、この儀式を「自分に嘘なんかつきたくねぇ、俺はやりたくねぇ」などと少年漫画の主人公のようにピュアなセリフを吐いては生きていけないのです。だからやらなければいけない。いけないのですが……。

 それがどうしてもできない私がいる。しんどい。なぜか病んでしまう。それを相談すると「それはお前が甘えているのだ」とピシャリと黙らされる。つらい。しんどい。

 これが悩みの一連なんですよね。

 ここで言いたいことが何なのかというと、2つあります。

 1つは「野心」や「出世欲」を心の底から語れない人間は、「最低賃金の仕事」を受け入れましょう、ということです。そして、私は今、それを受け入れることを視野に入れています。

 これは同時に、月収15万程度の収入でどうやって今後の人生生きていくか、を考えるということでもある。

 だってスパイみたいなことをして仮に「潜入」できたとしても、会社に入った後もずっとスパイでい続けなければならない心労は、かならず長期的に精神をむしばみますから。
 しかもそのストレスを豪遊して発散するなどしていたら、資産形成が出来ないのは結局最低賃金労働と同じ。

 だったら「とにかく働きたい」というウソ偽りのない等身大の自分で雇ってくれるところで働きたいじゃないですか。

 2つ目。
 最低賃金はさすがにイヤだという場合、逆にじゃあどうやって心の底から「野心」と「出世欲」を語れるようになるのか? という問いです。

 なぜ「野心」と「出世欲」が欠落しているのか。これが分からない。
「野心」と「出世欲」がある成功者、twitterもといエックソなどで自己啓発キラキラメッセージを発信しているスタートアップ企業経営者みたいな人たちのことですが、ああいう人たちは「野心」や「出世欲」が誰にでも存在しており、これが無い人なんてありえない、と考えているようなんですね。だからなんでもかんでも「人一倍努力すればいつか報われる」といったような精神論を語り、自分以下の人たちを「努力をしていない人」として認識しているのです。その「努力」の燃料である「野心」や「出世欲」、もっと源泉をたどると「情熱」みたいなものかもしれませんが、それはいったいどこから出てくるの? ということです。
 脳科学か心理学か分かりませんが、もしこの「野心」や「出世欲」を医療行為によって植え付けることが出来れば、世の中で「使えない奴」と認定されくすぶっている人たちが息を吹き返すのではないか。いや、それが「当たり前」になると今度は「野心と出世欲以上の何か」に価値づけがなされて、「野心と出世欲だけでは何の価値も無い」みたいな社会になりそうだな。ダメだ。などと、こんなアホな自問自答をしてしまうくらい、なぜ「野心」と「出世欲」が欠落しているのか、そしてある人はなぜあるのか、本当に謎なのです。

 とはいえ自分はまだマシなほうで、かつてバンド活動に野心や出世欲を燃やしていたことがあるため、情熱の再点火の希望が無いわけではないですし、それが問いを解く手掛かりになるかもしれません。しかし、挫折してそれが消えてしまって以降は、そもそもどうしてあんなに情熱があったのか、今新たに情熱を燃やすにはどうすればいいのか、途方に暮れるほど、まるで分からなくなってしまいました。きっと生まれてからずっとこうだった人もいるでしょう。名前のついていないディスオーダーなのかもしれません。

 この問いへの自分なりの仮説もあって、それはつまり、植物栽培に似ているのではと。こういう情熱みたいなものは突然モリモリと無限に湧いてくるものではなく、植物を種からゆっくり枯れないように大事に育てて大樹にするようなものなのではないか、ということです。なので、何の価値があるのかわからないことでも「やりたいな」と思ったことを日々ちょっとでもやり続けるようにしています。このブログもそうですけど。
 自分のバンド活動も振り返ってみればそうで、突然思い立ってやり始めたわけではなく、音楽が好き、演奏するのも好き、それを繰り返していたらいつの間にか大樹が育った、でも悲しいことに枯れてしまった。ヒコバエも生えてこなかった。気づかぬうちに根っこから腐っていた。そんな経緯でした。「俺は地方で農業をやる! 珍しい作物で一発当てて、農業にITを取り入れて、地域にも日本経済にも貢献!」みたいな巨木の様な野心や出世欲は、唐突に立ちあがっては来ないわけです。
 しかしながら、今のところコツコツとした日々の中でも芽は出ず、むしろどれくらい貧しさに肉薄できるか、貧しさを楽しめるか、貧しさと遊べるか。これ以上積み上げず、何を積み下ろしていくのか。そんなことばかり考えて経済活動からじりじりと撤退していく一方です。それがやりたいことといえばそうなんですけど。

 今後どうなるかは、自分にもわかりません。

 妻に見放されて、実家に帰って引きこもりになるかもしれない。恐ろしい無敵の人になるかもしれない。社長になっているかもしれないし、低賃金の定収入で老後を心配しながら倹約生活しているかもしれない。縊れているかもしれない。

 どうなるんでしょうね。
 なんでもいいから、またバンド活動のときのような情熱が湧いてくると良いのですが。

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